昭和43年度卒業式・たれ幕事件(1969.3.8)


たれ幕事件

資料が送られてくるまでは、この事件のことはすっかり忘れていました。 地方紙を読んだ記憶はあまりありません。 そうか、こんな風に報道されていたんだな、と感慨深く読みました。 週刊プレーボーイの記事の方は比較的良く覚えています。 (まあ、当時の愛読書のひとつでしたから。 「中沢文庫」で鍛えられたし --- ほんの一部の人しか 意味が分からないでしょうね。) 誰かバックナンバーを持っていないでしょうか。

正にドンぴしゃりのタイミングだったこと、 たれ幕を読んでビックリしたことを思い出します。 (実は、たれ幕の文を読む前の一瞬、卒業式の演出のひとつかな、 と思ったような気がします。)

全くの想像なのですが、私は卒業生の仕業だと思っています。 たれ幕の文が違っていれば、全く別の捉え方がなされたでしょう。 本人たちは「ブラックユーモア」のつもりで文を書いたのではないのかしら。 全く「ブラックユーモア」にもなっていないのだけど。 いずれにせよ、残念なことではありました。

昭和44年3月9日・読売新聞

[盛岡]
八日午前十時二十分ごろ、 盛岡市上田の県立盛岡一高の卒業式会場 (体育館) で、 高橋元昭校長が式辞を読もうと登壇したところ、 式台うしろから突然、スルスルと 「校長あなたは真の教育者なのか、生徒にもっと近づけ」 「人間性無視の教育はごめんだ。 ことなかれ主義を捨てろ」 という長さ六メートル、幅六十センチくらいの二本のたれ幕がさがった。

教職員数人が体育館の二階にかけ上がって降ろしたが、 この間三十分。 たれ幕は、 天井の鉄骨に止め金を使ってさし込まれており、 電動タイムスイッチ仕掛けだった。

卒業式には全日制三百九十七人、 定時制百十八人の卒業生と約七百人の在校生、 三百人の父兄がおり、 ざわめく中で、 式は予定どおり進められた。

高橋校長はたれ幕のさがっているなかで 「七〇年安保を迎え世の中は混乱している。 混乱したときにこそ人の真価は現われる。 付和雷同しないで、自分の道を歩んでほしい」 とあいさつした。

岩手県内の高校卒業式で、 こうしたトラブルが起きたのははじめて。

昭和44年3月9日・岩手日報

八日行なわれた盛岡市上田、県立盛岡一高 (高橋元昭校長) の卒業式で 天井から校長批判のたれ幕が下がるという "ハプニング" があり、 列席の卒業生、父兄らを驚かせたが、 巧みに仕掛けられた「タイムスイッチ」によるいたずらとわかった。 同校関係者は全く予期できなかったといい、 開校以来の不祥事と嘆かせているが、 盛岡署は建造物不法侵入の疑いもあるとして捜査を開始した。

同校の卒業式は、同日午前十時から同校体育館で 行なわれたが、 卒業証書の授与が終わり、 高橋校長が式辞を述べるためステージにあがったさいの 出来事だった。 式場右側前方の天井の鉄製のはりから突然、 長さ約五メートルのたれ幕二本が下がった。

たれ幕の一本には 「校長、あなたは真の教育者なのか?」 などの批判めいたことが書かれ、列席者を驚かせ、 会場はざわめいた。 ただちに教師が竹ザオでたれ幕を取り除き、 式は予定通り行なわれたが、 この種の不祥事は、 明治十三年に同校が開校されて以来初めてのことと いわれるだけに、 学校関係者をはじめ生徒、父兄に与えた衝撃は 大きかったようだ。

鉄製のはりの部分を調べたところ長さ八十センチ、 幅六センチの板二枚を使って 1.5 ボルトの乾電池 二個を直列につなぎ、電気洗濯機などに使うタイム スイッチをセロテープで固定、たれ幕を押さえている 糸の部分にマッチの軸頭など燃えやすいものを詰めて 紙で落ちないようにしていた。

所定の時間になればタイムスイッチが始動して電流が流れ、 その熱でマッチの軸頭などが燃え、 糸を焼き切る仕組みになっていた。 タイムスイッチの構造からみて七日午後十時四十分 以降に仕掛けられたものとみられている。

いたずらの動機は、学校、校長に対するいやがらせと みられているが、盛岡署は学校側からの連絡で同日午後三時すぎ から便場を検証し「タイムスイッチ」を仕掛けた者に 構造物不法侵入の疑いもあるとして捜査を開始した。 同署の調べによると「タイムスィッチ」が仕掛けられた鉄骨は、 床から約八メートルの高さにあることなどから犯人は複数で、 学校の内部事情に詳しい者のしわざとしている。

高橋元昭校長の話

私は生徒と遊離していたとも思わないし、 事なかれ主義でもやっていない。 私のところへ来て話してくれればよかった。 いつでも私は生徒を拒んだことはない。 まことに残念だ。

父兄の一人千田健さん(56)の話

学生紛争や他県の生徒が卒業証書を破り捨てるなどの行為に影響されて やったものだろうが、 非常に残念なことだ。 事前に発見できなかったのだろうか。

昭和44年3月9日・読売新聞・岩手読売

「校長あなたは真の教育者なのか、生徒にもっと近づけ」 「人間性無視の教育はごめんだ。 ことなかれ主義を捨てろ」 --- 八日に行なわれた県立盛岡一高 (高橋元昭校長) の卒業式で、 高橋校長が式辞を読もうとしたとたん、 体育館の天井から、こんなたれ幕が下げられた事件は、 県下の高校卒業式で、初めて起きたトラブルだった。 とくに混乱はなかったが、式が終わったあと、 新里盈教頭が父兄を退席させて、 会場の生徒に 「本来ならば、父兄が退席する前に、 卒業生諸君を拍手で送るはずだったが、 卑劣な行動で変えなければならなかったのは残念だ。 今後、こういうことがないように」 と "説教" をして卒業生を送り出すという異例な幕切れとなった。 しかし、全国各地で "荒れる卒業式" が問題になっており、 しかも、県下で最も古い歴史と伝統を誇り、 進学率も最高の名門校で起きたトラブルだけに、 関係者に与えたショックは大きい。 このトラブルをめぐる関係者の反応をまとめた。
まず当事者の声を聞こう。 高橋校長は 「全く残念だ。 ああいう不満があれば、私の所に直接きて訴えてくれたらよかった。 ことなかれ主義だなんていうことはない。 生徒とは、つとめて対話するようにしたつもりだった」と、 不満げな表情。 また卒業生の柴田司君は 「恥ずかしかった。 ああいう不満があってもよいが、 やるなら堂々とやって欲しかった」といい、 二年生の及川芳昭君は 「あんなことをやっても意味がない。 やるなら、 校長と対決するなり、もっと方法があったはずだ。 卒業式でたれ幕を落とすなんて、卑劣すぎる」という。

事実、式のあとで新里教頭が 「あんな行為は卑劣だ」と "説教" すると 「そうだ」という声が生徒たちの間からあがるなど、 肝心の生徒たちには、あまりアピールしない "抗議" でもあったようだ。

それにしても、父兄たちのショックは大きかったようだ。 二戸郡福岡町の大畑和子さん (42) は 「こんなことになるとは意外でした。 むすこが家に戻ってくることは、めったにありませんが、 話し合っていても、 学校の教育方針に不満を述べることはありませんでした」 といっていたが、ある母親 (44) は 「びっくりしました。 この学校には、 優秀な生徒さんが集まっているはずなのに、 あんなことを考えている人もいるんですね」 と、素直に "驚き" を語っていた。

父兄たち以上にびっくりしたのは県教委。 午前十一時すび、 指導課に報告がはいったが、 開会中の県議会常任委員会に出席している 塩山清ノ助教育長へ報告するため、 加藤愛雄課長補佐が急ぎ足で出ていった。

日常の話し合い必要

報告を受けた塩山教育長は 「卒業式を妨害することは、一般常識からみてよくない。 学校の教育方針などに不満があれば、日常の接触のなかで十分話し合うべきだろう。 また、学校としても、なぜこうなったかを検討して、 それなりの措置をとることが必要だ」 と、ごく常識的な見解を述べていたが、 その表情は深刻そうだった。

一方、この卒業式に出席していた阿蘇国猛県高等学校PTA会長は 「とやかく論ずる問題ではないと思う。 高校で卒業式の妨害をするのは、一部の生徒で、 そういった者はどこでもいるものだ」と、 とりたてて問題にすることはないとしていた。

しかし、この出来事を "目撃" していた同校教諭で 県高教組執行委員の高橋忠郎氏は 「大学紛争に一番かかわりあいのある感受性の強い高校生の行動であって、 敏感に反応することは理解出来るが、 考えをすぐに行動に結び付けることは問題であり、 教師、父兄と徹底した話し合いを持つべきだろう。 たま、こうした出来事を生んだということについて、 教師側も反省しなければならないだろう」 と語り、 この出来事を針小棒大に "解釈" するのは問題としながらも、 その背景について、 謙虚に反省すべきだとしていた。

昭和44年3月9日・岩手日報「日報アンテナ」

県議会の話題 (国体選手派遣費問題)・・・

八日盛岡一高の卒業式で校長非難のたれ幕が二本も飛び出し 話題を呼んでいる。 しかも飛び出した時刻は、 高橋元昭校長が式辞を述べようとしたとたんだっただけにタイミングの良さ? に二度びっくり。 学校側では、 「だれかがヒモを引いたのでは・・・」と体育館二階の 体育教官室付近の天井やたれ幕から通じる天井を捜したが 糸を引いた形跡はなかった。 結局タイムスイッチを巧妙に仕掛けたものとわかったが、 単純ないたずらではないと知って同校教職員の嘆きはかえって 大きくなったようだ。 新里盈教頭は 「あんな陰険なやり方を生徒がやったとは信じられない。 うちの生徒はいたずらもするが、いつもユーモアのあるカラッとした 生徒ばかりだと思っていたのに・・・」 と深刻な表情だった。

昨秋、東北本線が電化される、、、信号設備の地下ケーブルが ネズミに食い荒らされる、、、

昭和44年3月9日・岩手日報「風土計」

盛岡一高の卒業式で校長の式辞が始まる直前に、 校長批判のたれ幕が天井から下がった。 何者が準備に、だれが下げたのか、一瞬の異常事。 いま流行語の "ハプニング" に値する出来事だが、 学校当局や父兄にとっては、 一時は単にハプニングなどといってすまされぬ思いだったに違いない。

大学騒動の高校への普及が心配されている折りも折り、 関西の高校では卒業生代表によって校長非難のすり替え答辞が 読み上げられたなどの出来事が報じられている時が時だけに ついに県内高校生の間にも大学騒動の余波が及んだかと、 思わずドキリとさせられたからだ。

同校には、これまで大学騒動に関連したような不穏な動きはなかった。 たれ幕を下げた犯人もはっきりしないし、 あるいは先輩か外部の者の単純ないたずらであろうと、 学校当局は当初この事件で特段のセンサクはしないという方針だった。 ところが、たれ幕の下げられた仕掛けに「時限装置」がつかわれていることが わかって、事態は一変した。

手口はきわめて陰険で計画的だ。 これまでの卒業式後に "教師胴上げ事件" のようなことがあったこともあるが、 そのようないわば高校生にありがちな例とは違う。 だいたい盛岡一高の生徒は伝統的に勇気と名誉を重んずる。 いたずらをするにしても明朗でちゃめっ気がある。

ところが、今回の事件は、校長批判をするのに、 名前も名のらずヤミ打ち的に、 たれ幕を下げ、 しかも時限装置を用いるなど精神異常の爆発狂なみだ。 同じ校長避難にしても、 もし批判するなら堂々と校長室に押し掛けて討論を求めるのが 伝統ある盛岡一高生の気概というもの。 学校当局も、 やり口からみて今回の卒業生や在校生ではないとみているようだ。

犯人はいまのところ皆目不明だが、 これがもし、 外部侵入者にせよ内部の者であるにせよ、 そのやり口が三派系全学連の手口とするなら、 その卑劣さは決して高校生の教官をえることはできないだろう。 むしろナンセンスというべきか。

今回の事件が、 俗にいう三派系全学連の "高校予備軍" の動きではなかったらしいこと、 教師と生徒間の深刻な対立や不振に根ざしたものでもなかったことは、 父兄にとっても救いではある。 ただ、今回のような悪質で陰険な演出は、度が過ぎる。 引っ捕らえてオキュウをすれる必要がある。


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